変身譚録

人が何かに変身する作品について話してみる

舞台の上で人が犬になった『森は生きている』

小学生になってすぐくらいまで、母が私と妹を地域主催の演劇鑑賞会に入れました。最初は行くのもやや渋り気味の私でしたが(舞台の上の人と目が合う、話す、呼び掛けられることに恐怖か嫌悪があったようです)、幾つかの子供向けのものを観ました。王道な所はさっぱり憶えていませんが、『モンスターホテルで会いましょう』という児童書のものや、『ふしぎなふしぎなカード』という、軽く子供にトラウマ植え付けそうなタイトルなど、いずれも何かの形でTF要素の入っている作品は今でもよく憶えています。

中でも飛び抜けて印象的だったのが、幼稚園年長組の時、凍てつくような冬の日に観た『森は生きている』というロシア文学の舞台でした。

 

ざっとあらすじを説明すると、ある国の王女様が大晦日に四月の花を欲しがり、金貨を出すという。国民達は大慌てで探し始めるが見つからない。主人公は継母と姉に言われるまま森に入る。そこは十二か月の精霊が焚き火を囲んでおり、突然やってきた人間を暖かく迎え入れ、事情を汲んで一時間だけ「四月」が森の時間を借りる事ができた。主人公は篤く礼を述べ目的の花を持ち帰る。王女はその花が咲いているなら他のものや環境もあるだろうと、その場所へ案内するよう主人公に強要する。大臣、学者に、金に目がくらんだ継母と姉までもがついてきて、主人公は途方に暮れながら森へ案内する。

という具合です。

森では精霊がそれぞれわがままな王女達をめくるめく季節で翻弄します。夏の時に継母と姉は外套を脱ぎ捨ててしまうのですが、冬に戻った時に寒い思いをします。そして王女は十二月の精霊に助けを求め、「褒美はとらせます、金でも銀でも」と頼みますが、「何もいらない、全て持っている。贈り物をするのは私の方だ」と告げます。そして新年に何が必要か問われます。

私や恐らくこのブログに当たった方が気になるのはここからです。主人公の姉は「シューバが欲しい!毛皮なら何でもいいわ、犬のだって構わない!」と願います。継母が制止する前に、二人には犬の毛皮のシューバが与えられました。継母は「なんて馬鹿な子なんだい!」と姉を罵倒し、姉は「そんなこと言うなら私が両方着るわ!」とシューバを手にします。継母はそれを引ったくり、「せめて黒てんのシューバなら!犬の毛皮を願うなんてね」と後にそのシューバを売り払う気であったことを伺わせます。「あら、ママにはお似合いよ、犬そっくりだもの」と姉が嫌味を言うと、すぐさま「犬に似てるのはアンタだろう!」と反論が始まります。そして「何よ、ママが犬に似てるのよ!」「うるさいわね、犬はアンタでしょ!」「ママが犬よ!」「アンタが犬だ!」「ママよ!」「アンタだ!」と言い合う声はついに鳴き声に変わります。二匹の犬は取っ組み合いをしながら森の中に消えていきました。

最後に、全てが綺麗に収まってから、主人公が家路につく時、犬ぞりが用意されます。そりを引く犬は継母と姉でした。犬が継母と姉と知ると、心優しい主人公は元には戻らないのかと問います。精霊達は三年後に改心していれば戻れるよ、と優しく彼女に言い聞かせるのでした。

 

私が劇場で衝撃を受けたのは勿論継母と娘が犬に変身するその過程です。二人は舞台の真ん中に立つ十二月の精霊にシューバを貰います。シューバは天井の方からどさりと舞台の下手側に落ちました。継母と姉がそれに駆け寄り、姉はすぐにまといますが、継母は文句を言って、姉が引き寄せたシューバを奪ってから着込みます。そして二人が長い丈のコートに身を包まれて、ああ、暖かい、と落ち着いた様子で下手側の舞台袖に近い場所まで動くと、上記の言い争いが始まりました。

袖側に継母、反対側に娘がいるところから始まったはずです。

 「あら、ママにはお似合いよ、犬そっくりだもの」

というと、いがみ合うように二人は一足に跳んで場所を交代します。この時袖側に来た娘が少し袖に隠れました。

「犬に似てるのはアンタだろう!」

また場所を交代します。継母が袖に半分隠れました。

「何よ、ママが犬に似てるのよ!」

交代すると、今度は娘は完全に隠れました。

「うるさいわね、犬はアンタでしょ!」

交代した時、出てきた娘を見て私はアッと内心で声を上げました。シューバとはコートのような外套ですので、当然裾はヒラヒラしているのですが、それが足に巻き付いて、というかシューバの形が長袖のツナギのようになっていました。尻尾もありました。今度は継母が袖に隠れています。私はもう次に起こる事に気が付いてじっとそれを見ていました。

「ママが犬よ!」

場所が入れ替わり、継母が尻尾のあるファーのつなぎになっていました。

「アンタが犬だ!」

交代すると、最早娘の肌は顔しか露出しておらず、四つん這いで吠えるように叫びます。

「ママよ!」

再び継母が現れ、同じように四つん這いで叫びました。

「アンタだ!」

更に交代し、娘が出てきましたが、娘は

「ワンワン!」

と吠えました。交代して継母が出て来ても、やはり

「ワンワン!」

と吠えます。更に交代した時、娘の頭には犬のきぐるみの頭が被せられていました。また吠えたあと交代すると、当然継母の頭にもきぐるみの頭が被せられており、二人は吠えて掴み合いながらもつれるようにして下手の袖の中へ消えました。

 

当時まだ幼かったので、幾らか記憶が誇張されているかもしれませんが、これは後にも先にも『狼男アメリカン』以後最大の衝撃となりました。後にこういった変身が舞台で展開される事はほとんどないことを知ってからというもの、また公演を見に行くべきだろうと考えている次第です。

 

ということで、演劇の動画はありませんでしたがアニメ化もされていましたので紹介します。手っ取り早くそのシーンだけ見たい方は58分からどうぞ。このアニメだと犬の毛皮のシューバを貰わず、犬の喧嘩と比喩されたことで一瞬で変身してますね。

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こちらはソビエトでアニメ化されたものです。45分辺りから該当シーンですが、こちらも一瞬ですね。犬の毛皮の下りがあります。

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おそらく私が見たのは劇団仲間の公演ですが、もはや二十年以上前のことで確認が取れません。しかしながら、私の記憶に焼き付いて離れない、素晴らしいことが起こったのは確かだと思います。
エピソードの流れとしてはソビエト版のものが非常に近いですね。

TFの歴史の中でも稀なケースだと思いますので、私はここにそれを記録します。またやるようなので、見に行きたいですね。